個人塾の欠点は、最新受験データに弱いところです。入試問題研究にもそう手が回りません。だから、やはり個人塾利用の落ち着くところは、学校の成績維持と地元の公立高校進学のための学習というところになります。ただ最近、最高級レベルの学校を除けば、推薦入試枠が大きくなってきているので、学校活動に身を入れて、個人塾で成績安定を図り、良い内申書を手にすることができれば、私立でも公立でも一般受験なしで入学することもできます。そしてこの方面の情報は、逆に個人塾の方が詳しいかもしれません。蛇足ながら、推薦入試で学校成績以外に最も求められるのは「勉強以外のどんな活動で自分を高めたか」と「現在の自分や将来のことについて文章にまとめて書けるか」です。これからますます採用枠が広がる推薦入試は、今後の受験の作戦の方向性を考える上で実に大きなテーマだと思います。
ファンケルの武器は「無添加」だ。防腐剤や殺菌剤、合成色素などの表示指定成分(人によりアレルギーなどの皮膚障害を起こす可能性がある物質)を添加していないことをコンセプトに据え、小瓶に完全密封して1つ1つに製造年月日を記した。女性の肌を考えて無添加にした、だから日持ちがしない、ゆえに密封して売るというポリシーが消費者の信頼を獲得したのである。もっとも2001年4月から化粧品の全成分表示がスタートしたため、「無添加」にはかつてほどの効力はなくなった。表示義務のある成分が含まれていないことがファンケルの化粧品の最大の特徴だが、すべての成分の表示が義務づけられた今となっては、無添加の「無」に意味はない。それでも同社は「無添加」をうたい続けている。それが商品の核であり、コンセプトの根幹に関わるからだ。
仏教の浄土宗では、死後の世界に入ることは「還本国」という言葉で表現される。死ぬということはいのちの源に還っていくということであり、それで終わりということではない。だから「凱旋」という言葉で表現されたりもする。あるいは「浄土に往く」、「往生する」という。往生するということ、浄土に生きるということ、それは仏の世界に入らしめられることであり、死は終わりではないことを表現しているように思える。禅宗系統では「成仏する」という言葉を使う。死者はすべて仏になるということにおいて、やはり、死はそれで終わりではないことを表しているように思う。葬儀を行うことを通して、人間はいのちに向き合っているのだろう。有限だが固有のいのちに向き合っているのだ。宗教的営みを通じて、死後の行方に希望を仮託しているのだろう。
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